ネットアートの、展覧会という形式への試み

 An Attempt at the Form of an Intenet Art Exhibition

ネットアートの、展覧会という形式への試み

インターネットを用いた芸術表現や、オンラインの展覧会について考えるために、「ネットアート」という芸術表現における、展覧会の試みについて紹介したいと思います。ネットアートは、しばしば作品がインターネット上に存在していて、その鑑賞はwebブラウザを通じて行われるため、現実空間で行われる展示に対して、「展示」や「鑑賞」という概念が常に揺らいでいると言えます。ゆえに、これまでにネットアートを手がけるアーティストたちは実に多彩で、批評的な試みを行ってきました。特に、ブラウザの中だけで鑑賞する作品ではなく、現実空間と何らかの(緊張)関係をもった試みに着目すると、現実空間で行われる展示を否定するような側面が見えてきます。

Afterneen (2002)

NEENは、アーティスト、ミルトス・マネタスによって2000年に提唱されたネットアートのムーブメントです。NEENには、多くのアーティストが参加し、大量の作品が公開されました。それ以前のネットアート(net.art)の作家たちに比べると、作品自体は圧倒的に無意味さやユーモアを強調した作品で(しかしNEENというムーブメント全体の活動はかなり攻撃的)、さながらネットアートのダダイズムのようでもありました。そんなNEENの最初期に行われたグループ展が「Afterneen」でした。また、ネットアート作品を現実空間で展示しようとした初期の事例の一つと言えるかもしれません。会場となったCascoというギャラリーには、コンピューターが置かれたデスクがいくつも配置され、オフィスのような風景が作られていました。そこで来場者はそれらのコンピューターからネット上のNEEN作品をみることができました。しかし、展覧会のオープニングの翌日に事件がおきます。ギャラリーの中に自動車が突進し、デスクやコンピューターをすべてなぎ倒し、展覧会を完全に破壊してしまったのです。

このエピソード自体が、ネットアートを現実の空間に展示することの困難さを浮かび上がらせているように思います。またそれは、この後に続くポスト・インターネット世代の作家たちの、現実空間との関係性に注目した奇妙な展示の試みを示唆するもののように思えます。この事故についてミルトス・マネタスは、「運命は、インターネットの空間が実空間と無造作に混ざってはいけないこと、そして、実空間でインターネットをホストすることができることを、最初から示してくれていたのです」と振り返っています。

The Flash Artists who Cybersquatted the Whitney Biennial,RHIZOME

AN IMMATERIAL SURVEY OF OUR PEERS (2010)

JOGGINGは、2009年に始まった複数のアーティストによるアーティストコレクティブで、Tumblrに珍妙な画像を大量に投稿していました。そんなJOGGINGのメンバーであるBrad Troemelが、2010年に行った展覧会が「AN IMMATERIAL SURVEY OF OUR PEERS(仲間たちの非物質的な調査)」でした。これはBrad Troemelのシカゴ美術館附属美術大学の卒業制作として行われました。この作品は、一見すると大学のギャラリースペースに作品が展示されているように見えますが、すべてPhotoshopで合成された画像です。つまりこの展覧会は、合成されたイメージの中にしか存在しない展覧会だったのです。(今は非公開になってしまっていますが、合成して作られたオープニングレセプションの様子の映像もありました)

Empty Space An Immaterial Survey of Our Peers, RHIZOME

Soon(2013)

JOGGINGは2013年に展覧会を開催します。これは本当に現実の空間に作品が展示されていました。しかし展覧会のタイトル「Soon(すぐに)」に示されているように、すぐに見に来なければならない展覧会だったのです。展示されている作品は、生魚を使用したものや、ゲータレード(スポーツドリンク)で作られたグラデーションなど、時間経過とともに壊れたり、腐敗するものが含まれていました。つまり、これらはJOGGINGのTumblrに投稿された画像のように、写真を撮影する一瞬だけ成立するような作品だったのです。そこには、インターネット上で流通する画像がもつ一瞬の時間と、現実の空間の流れる時間の埋まらないギャップが横たわっています。そしてここでもやはり、インターネット上のイメージを現実空間に展示することの困難さが強調されています。

‘Soon’ at The Still House (2013), thejogging

Image Objects(2011~)

JOGGINGのメンバーでもあったArtie Vierkantは、2011年からカラフルなレリーフ作品を制作します。しかしこれもまた、一筋縄ではないかない構造を持っていました。これら「Image Objects」と呼ばれる一連の作品の画像を見ると、現実のギャラリー空間に展示されたものを、カメラで撮影した写真に見えます。つまり展示の記録写真のようにいっけん見えるのですが、よく見ると奥行きや空間が奇妙に反復したり、ブラシストローク状の形で歪められていることがわかります。これらの写真は、すべてPhotoshopで加工されたもので、この画像が「Image Objects」という作品なのです。つまり、現実の空間に展示された作品がオリジナルとしての価値を持っていないのです。

Image Objects, Artie Vierkant

Compression Artifacts(2013)

「Compression Artifacts(圧縮アーティファクト)」は、Joshua Citarella によるキュレーションで2013年に行われたグループ展です。Artie VIERKANTや、Brad Troemelも参加しています。この展覧会は、どこかの林の中に簡易なギャラリースペースが建設されている様子から始まります。このギャラリーは、確かに存在していて、そこに作品が設置されたであろうことが記録として残っています。しかしこのギャラリーがどこにあるかも不明で、かつその記録写真や映像はことごとく加工され、本来これがどこで開催された、どのような展覧会だったのかを一意に認識することができないようになっています。もはやどこまでが現実で、どこからが虚構なのか判別が難しい状態になっています。

Compression Artifacts,Joshua Citarella

これらの展覧会はいずれも、ヴァーチャルな空間と、現実の空間との境界線に位置するような展覧会だったと言えます。そこにはヴァーチャルと現実とがせめぎ合う、闘争のような状態が生まれ、ヴァーチャルな空間での展示は、しばしば現実の空間を否定するような振る舞いを見せています。例えば、「AN IMMATERIAL SURVEY OF OUR PEERS」のステートメントでは、マルクス主義フェミニズムに触れながら、いまだ芸術が物質的価値を重視していることを批判しています。( An Immaterial Survey of Our Peers (internet archive) )これらヴァーチャルな展覧会は、その手法や振る舞いはいっけんユーモラスに感じられるところもありますが、根底には、どこか現実の空間の窮屈さに対する批判があるように思います。