【考えてみる】詩を生み出す仕組み・偶然性

【考えてみる】詩を生み出す仕組み・偶然性

この授業のねらいは、詩を生み出す仕組みと、それによって生まれる詩について考えることです。そういった問題を考える上で、「Digital poetry (デジタルポエトリー)」(Electronic Poetry、電子詩とも)を参考に考えていきたいと思います。これはコンピューター登場以後に生まれたプログラムによる詩の表現です。コードによる詩や、プログラムで生成された詩、HTMLの仕組みを使った詩、インタラクションがあったり、アニメーションする詩など、デジタルメディア固有の特性を利用した、さまざまな表現や形態が含まれる詩の領域です。そうしたもののうち、今日は「詩を生み出す仕組み」に着目してみたいと思います。それらの多くは、詩人が自ら詩をつくるのではなく、偶然性を取り入れたり、なんらかの制約やルールに基づいて詩を生み出そうとしてきた実践です。こうした偶然性を取り入れた詩のかたちは、20世紀初頭の前衛芸術の運動の中で試みられ、また、その後コンピューターが登場し、徐々に社会の中で普及していく中でも様々に試みられてきました。今回はプログラムなどを使用して、偶然性を取り入れながら詩を生成している作品について過去の事例を見ながら考えていきたいと思います。

「The Eureka」ジョン・クラーク John Clark (1845)

1845年に制作された、機械式の6拍子のラテン詩を生成するマシン。「Eureka」1分間に1つのペースで詩が生成される。内部の機械によってランダムに言葉が選ばれ、生成された詩が表示される仕組みでした。以下のような詩が生み出されたそうです。「Eureka」はギリシャ語で何かが理解できたり発見できた時の感嘆詞です。

BARBARA FROENA DOMI PROMITTUNT FOEDERA MALA
"Barbarian bridles at home promise evil covenants"


「蛮族の手綱は家で邪悪な契約を約束する」

言語学者Cora Angier Sowaのサイト Minerva Systems
The Eureka Machine for Composing Hexameter Latin Verses (1845)

「How to Make a Dadaist Poem」 トリスタン・ツァラ Tristan Tzara(1920)

トリスタン・ツァラはダダイズムを提唱したことで知られるフランスの詩人です。ダダイズムの活動の中で「ダダイストの詩」を生み出す方法を以下のように提案しています。

ダダイスト詩の作り方(トリスタン・ツァラの方法)

ダダイストの詩を作るには:

- 新聞を取ってください。
- はさみを用意してください。
- 詩を作ろうと思っている長さの記事を選んでください。
- 記事を切り取ります。
- 次に、この記事を構成する各単語を切り取って袋に入れます。
- 優しく振ってください。
- 次に、袋から出た順番に切れ端を順番に取り出します。
- 意識的に書き写す。
- 詩はあなたのようになるでしょう。
- そしてあなたは、限りなく独創的で、俗人の理解を超えた魅力的な感性を備えた作家になります。

トリスタン・ツァラ

「Hundred Thousand Billion Poems」レイモン・クノー Raymond Queneau(1961)

1960年に作られた実験的な文学のグループ「Oulipo(ウリポ)」(「Ouvroir de littérature potentielle」の略。潜在的文学工房/ポテンシャル文学工房)そのメンバーでもあったレーモン・クノーが作った「Hundred Thousand Billion Poems(百兆の詩篇)」詩の一行ごとに切れ目が入っていて、異なる言葉の組み合わせで無数に詩を作り出すことができる。14行のソネットが10編あるので10の14乗(百兆)の組み合わせが生まれることになる。

「love letter algorithm」クリストファー・ストレイチー Christopher Strachey(1952)

1952年に制作されたラブレター生成アルゴリズム。イギリスの計算機科学者クリストファー・ストレイチーが制作しました。コンピューターで文章を生成した最初の事例としてしられています。のちに、妹の証言からクリストファー・ストレイチーは自身が同性愛者であることについて苦悩していたことが示唆されています。(当時のイギリスでは違法だった)アラン・チューリングのいわゆる「チューリングテスト」がもともと男性が女性のフリをしているかを言い当てるゲームに由来していることが知られていますが、こうしたクィア的な観点から見たとき、このストレイチーの「love letter algorithm」も、たんに「コンピューターで文章を生成した最初の事例」であること以上の複雑な意味を帯びてくるように思います。

A Queer History of Computing: Part Three

元々はManchester Mark 1 というコンピューターで動作するプログラムでした。現在、オリジナルのコードは失われているものの、後年になって残された資料などから Nick Montfort やMatt Sephton によってブラウザ上で動作するものが再現されています。

Matt Sephtonによる再現

Nick Montfortによる再現

「Stochastische Texte」テオ・ルッツ Theo Lutz (1959)

コンピューター科学者、テオ・ルッツは1959年「Stochastische Texte(確率論的テキスト)」というプログラムによって生成される詩の作品を作成しています。Zuse Z22 というコンピューターで動作するプログラムで、カフカのテキストから 16 の名詞と 16 の形容詞を選択し、4 つの接続詞と 4 つの代名詞を追加してそれらの要素を組み合わせて詩を生み出すという仕組みになっていました。これが世界で最初のコンピューターによる詩だと言われています。
Stochastische Texte | ZKM

こちらも、ブラウザ上で再現されたものを実行することができます。
Theo Lutz (23.7.1932 - 31.1.2010): Stochastische Texte (1959)

「I Am That I Am」 ブライオン・ガイシン Brion Gysin (1960)

画家・詩人であるブライオン・ガイシンが、1960年にコンピューター科学者のイアン・サマーヴィルとの協働で制作した作品。順列組み換えでありうる「I Am That I Am」の5つの単語の組み合わせのパターンを出力している。「I Am That I Am(わたしはある)」は旧約聖書の中でモーセが神に名前を尋ねた時の答え。

“The Whole idea of the permutations come to me visually on seeing the so-called, Divina Tautology, in print. It looked wrong, to me, non-symmetrical. The biggest word, That, belonged in the middle but all I had to do was switch the last two words and It asked a question: I Am That, Am I? " The rest followed.”

「順列の全体的なアイデアは、いわゆる『ディヴィーナ・トートロジー』が印刷されているのを見て、視覚的に思いついた。私には、左右非対称で間違っているように見えた。一番大きな単語であるThatは真ん中にあったのですが、最後の2つの単語を入れ替えるだけで、それは質問を投げかけてきたのです: 私はあれ。でしょうか?(I Am That, Am I?)という質問を投げかけた。」

ct 2/66 マーク・エイドリアン Marc Adrian (1966)

アーティスト、マーク・エイドリアンが1966年に制作した ct2/66 という作品。IBM 1620 Model IIというコンピューターと、 IBM 1443 printerで出力しています。ルールに文字の形が指定されています。丸と棒だけで構成されるシンプルな形態のアルファベットのみを用いることで、詩としてだけでなく、グラフィックデザインとしても視覚的に構成することが意図されています。

1. Select words and syllables which make sense semantically that are composed of the following elements: C, Ɔ, |,|,| (Criterion: font = Helvetica. semi-boldface, no capitals; Semantics: 1) a German- English and 2) a French- Italian Langenscheidt dictionary.)
2. Select a random sequence of twenty words from those found through step 1.
3. Link each word found through step 1 with one of three symbols in a random sequence; this symbol represents the font size in the final result.
4. Link in a random sequence each word found through step 2 with one of sixty possible symbols, which assign the position of the word on the final display.”


1. 次の要素で構成され、意味的に意味のある単語と音節を選択します: C、Ɔ、|、|、| (基準: フォント = Helvetica。半太字、大文字なし。意味論: 1) ドイツ語-英語、2) フランス語-イタリア語のランゲンシャイト辞書。
2. ステップ 1 で見つかった単語から 20 個の単語をランダムに選択します。
3. ステップ 1 で見つかった各単語を、ランダムな順序で 3 つの記号のいずれかとリンクします。 この記号は、最終結果のフォント サイズを表します。
4. ステップ 2 で見つかった各単語を、60 個の可能な記号の 1 つとランダムな順序でリンクし、最終的な表示上の単語の位置を割り当てます。」


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ここまで歴史的な事例のいくつかを紹介してきましたが、ここからもう少し近年の作品を取り上げていきます。

短歌自動生成装置「犬猿」 星野しずる(佐々木あらら) (2008)

「犬猿」は、歌人・佐々木あららが2008年に制作した「短歌自動生成装置」です。それほど多くない語彙数からランダムに並び替えて短歌が作成されます。また、これによって作成された短歌は「星野しずる」という名義となり、同名のtwitterアカウントもbotとして2014年まで動作していました。

Q&A:星野しずるの犬猿短歌(Internet Archiveから)

現在オリジナルの犬猿は公開が停止していますが、これをクローン化して再現した「Baboon」が公開されていています。

Baboon|「犬猿」(星野しずる)クローン

Two ニック・モントフォート Nick Montfort (2008-2015)

MITデジタルメディアの教授で、詩人でもあるニック・モントフォートは、プログラムによる詩の実践を数多く残しています。その中でも、「two」という作品は、とてもシンプルな構造から、何かの事件について、無数の視点・証言を集めたような不思議な感覚を生み出す、魅力的な作品になっています。また、これは日本語訳もされてるので日本語でも読むことが出来ます。ただし、日本語版は現在のブラウザで動作に問題があったため、修正したものを以下にアップしました。プログラムは、文節ごとに配列から言葉がランダムに選ばれる仕組みになっています。

The two

二人(プログラムを修正した日本語版)

ニック・モントフォートのWebサイトでは、他の過去作をみることができます。

https://nickm.com/

以下のページから詩の作品を一覧できます。

https://nickm.com/poems/

Wendit Tnce Inf アリソン・パリッシュ Allison Parrish(2022)

アリソン・パリッシュは、コンピューターやテクノロジーを用いた詩の実験的な作品を数多く発表している詩人・プログラマーです。「Wendit Tnce Inf」という作品はGAN(敵対的生成ネットワーク:いわゆる生成AIの手法)を用いて作られた詩集です。GANを用いれば、普通に違和感のない文章や詩を生成することができますが、アリソンはあえてピクセル・画像データとして文字を学習させ、それを元に奇妙な不鮮明な文字列が並ぶ詩集を作り上げました。

The goal is to produce visual forms that call attention to the conventional appearances and operations of text: forms that afford “reading,” while remaining unreadable.

「目標は、テキストの従来の外観と操作に注意を喚起する視覚的な形式、つまり、読めないまま「読む」ことができる形式を作成することです。」

Wendit Tnce Inf (2022) — Aleator Press

アリソン・パリッシュは、他にも多くの興味深いプログラムによる詩の表現を実践しています。ぜひサイトを散策してみてください。

https://www.decontextualize.com/

例えば、機械学習を用いて、あえて意味不明な単語や文章を生成するためのツール「The Nonsense Laboratory」(2021) もとても面白いです。実際にweb上から動かすことができます。

The Nonsense Laboratory by Allison Parrish

まとめ

こうした、プログラムなどの仕組みによって詩を作る試みはこれまで数多く行われてきました。それは他者性や偶然性を取り入れることで、 これまでにない言葉の可能性を探る試みでもありました。ただ、そこにはもう少し違う問題もある様な気もしています。たとえばこれらの詩を生み出すプログラムそれ自体も言葉であるわけですが...。(考え中)