【考えてみる】ことばを忍ばせる

【考えてみる】ことばを忍ばせる

「闇の情報デザイン」暗号、悪意、ハッキング

今回は、言葉や詩のもつ可能性の一つとして「ことばを忍ばせる」ということを考えたいと思います。この内容は、2022年12月に情報デザインコースで行った授業がもとになっています。「情報デザイン」は、あえて端的に言えば、複雑な情報を多くの人に伝えやすく、分かりやすくするためのデザインと言えるでしょう。しかし、例えば暗号のように特定の誰かだけに意味が伝わるような仕組みを作り、それ以外の人を排除しようとする、悪意のある情報の伝え方も情報のデザインであるはずです。そんな普段あまり語られることのない、ネガティブな情報デザイン、いわば「闇の情報デザイン」を考えようという授業でした。今回はそうした問題を、言葉や詩を変形させたり、伝達する手法として捉え、「ことばを忍ばせる」という視点から考えてみたいと思います。

「Dead Drops」 アラン・バーソル Aram bartholl(2010-)

情報デザインコースの清水淳子先生と授業の内容について話していたときに、ふと目に止まった本がこれでした。Thames & Hudson から出版されている「Digital Art」です。ちなみにこの出版社からはメディアアート系の本が結構出ていて良いです。この表紙がふと目に入って、この授業の内容を思いつきました。この表紙に写っているのは、Aram barthollというアーティストの「Dead Drops」という作品/プロジェクトです。

「Dead Drops」( http://deaddrops.com/ )は、 街中のいろいろな場所・隙間にUSBメモリを埋め込み、自由にデータ交換ができる、一種の公共(物理)サーバーを作るというプロジェクトです。名前の由来である「Dead Drops」はスパイが秘密の情報を交換する際に用いる技術のことです。制作方法はとてもシンプルで、かつオープンになっているため、世界中に設置されています。ちなみにいちどDVD版も制作されています。( https://arambartholl.com/dvd-dead-drop/ )

Dead Dropから考える

これは実際に冷戦時代に使用されていたスパイク状のデッドドロップの例です。中にフィルムや書類を入れて地面に刺して隠した使用していました。芝生などが生えている場所に隠すように差し込んでいたようです。また、これ自体は墓地に設置される、献花を固定するスパイクに似ているため、より目立たなかったようです。

"Dead" Drop Spike - CIA Central Intelligence Agency

これは2006年にロシアで発見された、イギリスの諜報機関が使用していたとされるDead Dropです。岩の中に無線でデータを送受信する装置が隠されていて、PDAからのデータをやりとりしていたそうです。

UK spied on Russians with fake rock - BBC News

こうした事例は、「情報を正しく、わかりやすく伝える」というようなこととは異なる方法論を持っているように思います。ここをスタートに、ちょっと変わった情報の伝え方やコミュニケーションの事例を挙げながら、オルタナティブ、アンダーグラウンドな情報デザイン?闇の情報デザイン?を考えてみたいと思います。
例えば、もう消えてしまった過去の情報通信技術の中に、そうしたオルタナティブな方法を見つけることができるかもしれません。いくつかそうした事例を挙げてみたいと思います。

腕木通信(Semaphore, Optical telegraph)



これは18世紀から19世紀にかけ主にフランスで使用されていた、腕木通信と呼ばれる通信装置です。機械的に操作できる2本の腕の形でアルファベットや数字を表して送信出来ました。観測者が双眼鏡で別の腕木を観測して、バケツリレー方式で伝達していました。当時は「telegraph(離れて書く、電報)」と呼ばれていました。上記の地図は実際に当時フランス国内で設置されていた腕木通信塔の地図です。手旗信号、信号機なども同様に視覚的情報を遠距離に伝達にする手法だと言えます。

腕木通信 - Wikipedia
Optical Telegraphs: an early Internet.

五色米



アンダーニンジャ/花沢健吾【公式】xの投稿より
五色米は、五色に染めた米の色の配列で文章を伝える忍者が使用したとされる暗号技術です。

パイオニア探査機の金属板、アレシボメッセージ

アレシボ・メッセージ - Wikipedia

1974年に、にアレシボ電波望遠鏡の改装を記念して宇宙に発せられた電波によるメッセージです。二進数の配列を並べていくと図として浮かび上がるようになっています。

パイオニア探査機の金属板 - Wikipedia

1972年、1973年に打ち上げられた宇宙探査機パイオニア10号・11号に取り付けられた金属製のプレートです。 こうした地球外生命体へと送信された情報は、受け手が解読できるか、そもそも受け取れるのかすら分からない情報のデザインと言えます。これは究極のユニバーサルデザインかもしれないし、暗号のようにも感じられます。

意図的に誤った情報を伝える技術

野球の試合でごく稀に行われる偽装プレーの一つです。外野手の頭上を超える、フェンス直撃の打球の場合、バッターランナーは通常2塁まで進塁するだけの時間があります。しかし、ここでイチローはいったん捕球体制に入り、ライトフライであるかのように見せかけます。それによってバッターランナーの走塁を遅らせ、二塁でタッチアウトとなります。

広島カープのキャッチャー石原選手の有名な偽装プレーです。石原選手は、久本投手の投球を捕球しそこね、なおかつその球を見失ってしまいます。これを見た一塁ランナーは二塁への進塁を試みますが、石原選手はまだ球を見つけられないまま、地面の砂を掴み、さも球を見つけたかのようなそぶりでランナーを牽制し、二塁への進塁を阻止することに成功します。

「タンク(戦車)」の語源

イギリスが第一次世界大戦時に開発した世界初の戦車「マーク1」は、開発中にその存在を隠すため、秘匿名として「tank(水槽、)」として呼ばれていました。後年になってそれがそのままtank = 戦車の意味として定着します。すもともと秘匿名=暗号だったものが、そのまま正式名称になってしまった例です。意外とそんな理由で言葉と物が結びついてしまいます。

悪意ある暗号

空き巣やセールスマンが使用していると言われている記号です。家の表札やインターホンなどに住人の属性や生活パターンを記号やシールで記していると言われています。

SQLインジェクションを狙ったナンバープレート

自動車のナンバープレートにSQLインジェクションを実行するコードが書かれています。 SQLインジェクションとは、データベース構築に使用されるSQLというデータベース言語に、特定の文字列を読み込ませることでデータベースを消去、改ざん、破壊する方法です。これは警察の速度違反自動取締装置(いわゆるオービス)にナンバープレートを撮影されたときにSQLインジェクションを狙うという有名なネットミームです。

what3words

what3wordsは、世界の座標を3m四方に区切り、その座標を3つの単語の組み合わせで表現するサービスです。座標を記憶させやすくするために単語の並びを採用しています。いっぽうで、実際にこのサービスを使ってみると、あたかも世界に詩が埋め込まれているような気がしてきます。

「マテリアライジング展 情報と物質とそのあいだ」

マテリアライジング展は、建築家・美術研究者の砂山太一らが企画し、2013-2015年に毎年開催されていた展覧会です。デジタルファブリケーション技術の普及を踏まえ、情報と物質の関係性を探る展覧会でした。これに参加していたときに、考えていたことや展示した作品、また当時しばしば一緒に活動していた渡邉朋也の作品を紹介しながら情報と物質について考えてみます。

マテリアライジング展

「当選者の発表は賞品の発送をもって代えさせていただきますモデル」

マテリアライジング展2での展示作品や、関連するトークイベントで話した時に考えていた情報と物質の関係についてのモデルです。情報は物質の存在と不在のパターンによって表現されるという話です。

タブレット:取れた銀歯は、舌でその穴の深さを測り、食べた米が穴を埋める。
(2015)谷口暁彦

マテリアライジング展3に出展していた作品。物質の形の変形、そこから意味・情報を読み取る試みをいくつかのパターンで実践した。そのうち、タブレットという作品は食パンを食べた形から詩を生み出す作品でした。食べ進んだ距離と、言葉を組み合わせた対応表を制作し、そこから詩が生成されるという仕組みでした。

取れた銀歯は、舌でその穴の深さを測り、食べた米が穴を埋める。

ツナとマヨネーズ(2014)渡邉朋也

「私のズボンのポケットから、コンビニのレシートがよく出てきます。たいていは潰れた状態で折られているのですが、それを「折り紙アート」として捉え直し、コピーだけでなく、発展させたフィギュアも作っています。また、コンビニエンスストア(セブンイレブン)が提供する「ネットプリント」というサービスに展開図をアップロードし、店内のコピー機で誰でもプリントアウトして自宅でコピーできるようにしています。」

Tomoya Watanabe’s recent artworks(2014―)


レシートの偶然の折れ目を折り紙の折図として記述すると、それは再現可能な「情報」に変わります。 反復し、再現できることは、情報であることや、記録メディアであることの最低限の条件だと思います。子供が言葉を話せるようになるとき、「マ」ではなくて「ママ」と繰り返すとき、言葉を話していると認識できることと似ているかもしれません。

荒んだ食卓を極力直そう(2015)渡邉朋也


「ふと気がつくと、自宅のダイニングテーブルの上に、コンビニエンスストアの弁当の空き容器が置いてある時がある。その場合、その容器の上には割り箸が置いてあることが多いのだが、稀に割り箸の左右どちらか片方しか残っていないということもある。 ここでは、そうした片方しか存在しなくなってしまった箸、計5点を3Dプリンターで補填し、荒んだ食卓に一定の秩序の回復をもたらすことを試みた。なお、今後今回と同様の割れ方をした箸が発生し、片方を失ってしまった場合に備えて、補填に使用した3Dデータは3Dデータ共有サイト(Thingiverse)で無償公開している。」

Tomoya Watanabe’s recent artworks(2014―)


割り箸の割れ方もレシートと同様に偶然生まれる形です。毎回割り箸を割るたびに世界に一つしか存在しない形態が生成されます。この作品では、それを計測し、3Dデータ化し、残された片方の割り箸から失われたもう一方の割り箸の形態を推測して出力しています。そのように、欠損して不完全な世界を補完・修復することを意図しています。割り箸を割る行為が一種のコンピューテーショナル・デザインとしても見えてきます。また、日常の些細な出来事に潜む、無限の可能性と、奇跡を感じることができます。

以下は、マテリアライジング展以後の作品です。

“Hello” from or for supermarkets (2017)渡邉朋也

スーパーマーケットのための/からのこんにちは
「このように、8個入りのガムのパッケージに収められたガムの有無を通じて1バイトを表現することができます。 こうした操作が可能な商品は私たちの生活空間に溢れており、電池のパッケージ、シャツのボタン、ソフトドリンクに付属しているストローなどでも同様の操作が可能です。」

Tomoya Watanabe’s recent artworks(2014―)


コンピューターの中では、半角英数1文字は1バイト=8ビットで扱われます。つまり、8つのスイッチのon/offのパターンで英数字を表しているということです。それを応用して、日常の風景の中にある8つの物のon/offで表し、情報(Hello)を埋め込んでいるのがこの作品です。

箱庭療法と意味の型取りゲージ(2020)谷口暁彦

型取りゲージや、計算尺といった器具から着想して、様々な形から意味を取り出す器具「意味の型取りゲージ」を想像して制作した作品です。食パンの作品「タブレット」と同様の構造を持っているように思えます。ありとあらゆる物の形に意味が埋め込まれているかもしれない、という想像は少し陰謀論的だったり、強迫神経症的かもしれません。しかし、誰かにとって環境の中にある形は、何かしらの意味を持ってきます。情報を秘匿することや、特定の誰かにだけ伝えるという手法は、どこか陰謀論や強迫的なものと繋がってしまうのかもしれません。いずれにせよ、今の私たちの高度に情報化された社会の中で、ある種の空隙として、そうしたものがリアリティを持つ領域があるように思えます。