谷口暁彦 個展「超・いま・ここ」会場図

物的証拠
Physical Evidence

2014

「出来事」は、ある特定の時間の範囲を占めるもので、それはすぐに過ぎ去ってしまう。 固定化も物質化もされず、反復もしない。しかし、物質に刻まれた痕跡が、 そこでかつて起きた出来事の証拠としてそこに留まることがある。 物質は常に出来事の外側にあって、出来事によって物質はえぐり取られる。 えぐり取られ、失われた空間の形は出来事のかたちと反転した状態で雌型のように対をなす。 ゆえに、それはある出来事が起きたことの証拠になる。 こうした物のうち、人以外の有体物による証拠を物的証拠と呼ぶ。 物的証拠は、出来事の痕跡として、どのように欠損したり傷ついているかが重要な意味を持つ。 その物自体は物語の主題にならず、そこから既に過ぎ去ってしまった、不在の出来事が物語の主題となる。

今回の展示では、全3点のうち、「鍵、灰皿」の部分だけをピックアップし、iPadを用いて再制作した。

鍵 灰皿

07-1|1.鍵、灰皿
テーブルに置かれたディスプレイには、物理シミュレーションで鍵が落下し、跳ね返る様子が映し出されている。鍵が地面と衝突するたびに、陶器製の灰皿から音が聞こえる。

2014年に開催された「マテリアライジング展Ⅱ - 情報と物質とそのあいだ」という展覧会で展示した作品だ。デジタル・ファブリケーション以降における、情報と物質の関係を考えるというテーマの展覧会で、この「物的証拠」という作品は、このテーマに対する僕なりの考察を背景に制作した。物質に刻まれる情報は、本質的にはある出来事の痕跡で、情報として記録される以前の出来事そのものは、すでにそこからいなくなって、過去になってしまっている。このように物質と情報の関係を追っていくと、どこかそれは事件現場に残された遺留品、物的証拠のように見えてくる。作品は、「1.鍵、灰皿」「2.バール、靴」「3.ティーカップ」の3つの要素で構成されていて、いずれもある出来事が別の結果へ変換される様子を見せている。「1.鍵、灰皿」は、プログラムによって延々と鍵が落下して跳ねつづけるシミュレーションを行っていて、鍵が地面と接触するたびに、近くに置かれた陶器製の灰皿から、振動モーターによる落下音が聞こえてくる。「2.バール、靴」では、ワイヤーで吊られたバールが、モーターの動きで上下している。バールには姿勢を計測するセンサーが付いていて、ディスプレイの中で同じように上下している靴の3DCGの動きが同期するようになっている。「3.ティーカップ」は、ティーカップに注がれる紅茶の振る舞いをシミュレーションし、紅茶が波打ち、飛び跳ねることによって生成される面をティーカップの形状としてプログラム上で抽出し、極めて限定的な条件に適したデザインのティーカップを生成、それを3Dプリンタで実体化した。このティーカップのプログラムと3Dプリントは自分では手に負えなかったので永田くん(永田康祐)に制作を依頼した。「3.ティーカップ」以外は、「置き方」という作品から続く、ディスプレイの中の映像と、その外側の物理空間とを関係づける方法の延長線上にあると言える。ただ、ディスプレイに映る映像が、過去に撮影された映像ではなく、今現在コンピューターでシミュレーションされているリアルタイムな映像であることが「置き方」とは大きく異なっている。これを制作していた時は確か、たんに出来事の痕跡として「物的証拠」なのではなく、それが因果関係の曖昧な、偽装された証拠のように見えることを意図していたのだと思う。だから、落下して跳ねている鍵はいつまでたっても静止することがないし、(脱臼したシミュレーション)バールと靴は交換可能なものとして見え、(バールのほうがシミュレーションに見える)ティーカップの痕跡的な形態は、実在しない液体の落下によって形作られる。(現実のオブジェクトがシミュレーションをオリジナルな出来事として指し示す)